『 My Boy ― (1) ― 』
§ 交通事故か?
ざわざわざわ ― 冬の夜でも、都会の雑踏ではざわめきが止む気配はない。
どこから湧いてきたのか ・・・ オーバーやマフラーの中に身を埋めつつ、人々は行き来する。
「 ― ふうん ・・・ これが まち か・・・ すごいね。 」
「 そう? でもこの辺りはすこし寂れているのよ。 」
「 え これで? ふうん ・・・ 」
「 このくらいの人数の方がいいでしょう? 周りもよく観察できるし。 」
「 うん そうだね〜 ・・・ すごいなあ・・・ 」
若い女性と11〜12歳の少年が連れ立って歩いている。
顔立ちはよく見えないが、親しげな様子から姉弟、もしくは若い叔母と甥・・・かもしれない。
少年はきょろきょろと辺りを見回し、 女性はそんな彼に笑顔を向けている。
「 ねえ お腹、空いてない? なにか食べる? 」
「 ・・・ え。 い いいの? 」
「 勿論よ。 この近くに評判の店があるのよ。 ラーメン、 どう? 」
「 う わ ! た 食べたい! 」
「 よ〜し、それじゃきまり。 え〜とね・・・ ああ こっちだわ。 」
二人は表通から道を一本逸れた。 少し人通りは減ったが陽気な雰囲気に変わりはない。
足取りも軽く 歩んでゆく。
その時 ―
キキキ −−−−− ・・・・!! バウ 〜〜〜〜 !!!
「 !? あ 危ないッ !! 」
「 え? な なんなんだ、 あのクルマ ・・・ 」
急カーブを切り、黒い車が突進してきた。 かなりのスピードだ。
「 もっとこっちに寄って、危ないわ。 暴走車かしら ・・・ やり過ごしましょう。 」
「 うん ・・・ え?! また 来た?? 」
ギュウ〜〜〜ン ・・・キキキ −−−− ― ― !!
裏道を通り抜けてゆくだけだ、と見えた車が引き返しえてきたのだ。
しかも 二人が立っている場所をターゲットにしているのは もはや明白だ。
「 来るよッ な なんなだよ?? 」
「 く ・・・! 迂闊だったわ。 反対派がこんなトコロまで・・・
私のミスだわ。 後を付けられていたなんて ・・・ 油断したわ。 」
「 そんな ・・・だってしっかり確認したじゃないか! 」
女性は路肩にへばりつき少年を背後に庇う。
「 また来る! いい? 二手に別れましょう! お前は 逃げて! 」
「 だ だめだ そんなの! 僕がひきつけるから! 」
「 ダメ! ― 来る ! 」
「 そ そんなの 出来ないよっ 」
「 生きて! ・・・ いい? <お姉さん>の目を見て! 」
「 えッ!? 」
「 見るの! 見なさいッ ! 」
彼女は少年の顔をじっと見つめた。 夜でもその瞳はぬれぬれと輝いている。
「 ― ねえ さん ・・・・? 」
「 そうよ。 ・・・ 来るわ! ぎりぎりで避けるから。
― 生きるのよッ !!! ジャック ! 」
ドン ・・・! 少年の身体が突き飛ばされて 飛んだ。
「 ・・・ アッ 〜〜〜 」
キキキ ・・・ !! ドッ ・・・・!!
クルマの前から 反対側にもう一体 ヒトの身体が撥ね飛んだ・・・
― ガシャ −−−−ン !!!
「 な !? なんなんだ〜〜〜 ?! 」
店の一角でかくんかくん、フネを漕いでいたグレートは 飛び上がった。
突然 店の正面からクルマが突っ込んできたのだ。
「 !? なんやね〜〜 なにアルか〜〜〜 」
大人がオタマを持ったまま 厨房から飛び出してくる。
そろそろ街の酔客たちも腰をあげよう、という時刻。
繁華街のはずれの一角、少しばかり人通りに少ないところで騒ぎが起きた。
突然 暴走してきた車がヒトを撥ねた ・・・ らしい。 直後に目の前の店に突っ込んだ。
キャ〜〜 わ〜〜 事故ったぞ〜〜 張々湖飯店だ! おい 110番!! 救急車!
わらわらと野次ウマが集まってくる。
店の入り口付近はめちゃくちゃ・・・ ショーウィンドウのガラスは粉々になった。
店内はちょうど客足が途切れていたのが不幸中の幸い、というところか。
グレートはすぐさまクルマに駆け寄り運転席を覗き込む。
「 !! おい!? 運転手、降りろッ !! てめェ〜〜〜よくも!!」
「 ・・・ グレートはん。 その御人はもうあかん。 」
「 なんだって? ・・・ こりゃ ・・・突っ込んだ衝撃でやられたんじゃないぞ。 」
「 ほな・・・ なんでや。 」
「 おそらくコントロールされてたんだな。 用済みになれば バン! さ。 」
「 ・・・ アイツらアルか。 またぞろ来よったんか!? 」
「 わからん。 ともかくここはただの 事故 で切り抜けようぜ。 」
「 そやな。 ほい ぴーぽーぴーぽーが来たで。 」
けたたましいサイレンが夜の雑踏をかきわけて近づいてくる。
「 ― ヤレヤレ ・・・ 巻き添えを食ったヒトはいない ・・・ ようだな。 」
再びサイレンが遠のいて行き、グレートはぼそっと呟いた。
<単なる> 酔っぱらい運転による事故 と警察も判断したらしい。
とりあえず、事故車を調べ帰っていった。
店はシャッターを下ろし、 当分休業である。
「 アイヤ〜〜〜 店の前がガタガタやで〜〜 きっちり賠償させたるで!
グレートはん、 ホウキでここら掃いてんか。 店の前の道もたのんまっさ。 」
「 ちぇ ・・・ 相変わらずヒト使いが荒いなあ ま さっさと済ませるか・・・
うわっち?? な なんだ コレ ・・・ 」
入り口近くでつんのめりかけ、グレートはなにかを拾い上げた。
「 なんの棒 ・・・ い いや これは ・・・う 腕 !? 」
目の前にあるのは 一本の白い ― 腕。
「 ひええェ〜〜〜〜 」
「 なんやね、 でかい声、だしなさんな・・・ 」
「 た た 大人〜〜 これ を! 」
「 ・・・ アイヤ〜〜 ・・・ これはツクリモノでんな。 」
「 あ? ・・・ ああ そ そうか ・・・じゃ やっぱ被害者がいるのか?? 」
「 わからん。 ・・・コレ、おなごはんの腕やな。 ほれ、指輪、指したぁる。 」
「 ・・・ う〜〜ん ・・・ とりあえず、博士のところに相談に行こう。 」
「 そやな。 この塩梅やと、当分店は休業やさかい ・・・ 」
「 んじゃ・・・善は急げ・・・ってことで。 」
「 アイヨ。 オトシモノは丁寧に扱かわんとな・・・ 」
大人は <腕> を風呂敷できっちりと包んだ。
― 指に填まったままの指輪は きらり、と光を放った ・・・
― カチャ ・・・ カチン ・・・
陶器の触れ合う微かな音、 そして鼻腔をくすぐるいい香りとともに
フランソワーズがワゴンを押して入ってきた。
「 こないな時間に ・・・ えろうすんまへんなあ〜 」
大人はまるまっちい短躯をいっそう縮めてアタマを下げている。
「 あら そんな他人行儀なこと、言わないで。 」
「 そやかて 大勢で押しかけてしもうてなあ・・・ 」
「 時間とか人数とか、関係ないでしょ。 ここは皆の家なんですもの。
なにか事件が起こったら 何時だって集合するのよ。 」
「 う〜〜〜む ・・・ マドモアゼル〜〜 ご慧眼、恐れ入りますな。
おお〜〜 この時間にこの香りを楽しめるとは〜 」
グレートはワゴンの上に関心があるらしい。
「 ふふふ ・・・ もうすこし、ポットを温めていてもらいましょ。
それより・・・博士 いかがです? 」
フランソワーズはカップを配りつつ、博士に声をかけた。
「 う〜〜む ・・・ ああ ジョーはまだかな。」
「 もうすぐ来ると思います。 さっき連絡しましたから。 」
「 お? 我らがじゃぱに〜ず・ぼ〜いはどこかへお出掛けかな。 」
「 あ ・・・いえ。 ジョーはね、先月から一人暮らし、しているの。
ほら・・・ 仕事を始めたでしょ、ここはちょっと不便なのよ。 」
「 ほうほう〜〜 いよいよ独立、というわけか。 」
「 アイヤ〜〜 そりゃめでたいなァ〜 」
「 え?? どうして。 」
「 なんで、て・・・ フランソワーズはん、あんさん この際 <押しかけ女房> に
ならはったらええんや。 」
「 え!? お おしかけ にょうぼう・・・?? 」
「 ははは ・・・そりゃいいなあ〜 ねえ 博士? 」
「 ― ウン? なんじゃな。 」
わいわい雑談を交わしている中で 博士は熱心に腕を調べていて・・・まるで耳に入っていない。
「 え いえ なんでもありませんわ。
それよりも ・・・ その残留物 ・・・ なにか手掛りがありましたか。 」
「 うむ ・・・ ああ いい香りじゃな。 頂くとするか。 」
「 はい どうぞ。 − ア。 ジョーが、きました。 」
「 ほい、それはよかった。 諸君と少し話し合いたいのでな。 」
― ぴんぽーん ・・・
間も無くチャイムが鳴り ジョーがリビングに入ってきた。
「 すみません、遅くなって。 どうもクルマが混んでね ・・・ それで? 」
「 ジョー? コートを脱いで・・・ 」
「 あ うん ・・・ ごめん。 それでなにが起きたんです、博士。 グレート、大人? 」
「 これ だ。 」
博士は短く答え つい、と目の前のテーブルを指した。
そこには。 白くほっそりとした優雅な ― 腕が一本、転がっていた。
「 え? ・・・・!? こ これは ・・・ 義手? 」
「 そうじゃ。 しかも非常に精巧な義手じゃ。 精巧すぎる・・・ 」
「 精巧すぎる? 」
「 うむ。 ・・・ この精巧さは現代の医療技術を遥かに越えておる。
今 ・・・ このレベルのものは おそらく存在しない。 普通には な。 」
「 え・・・? それじゃ いったい・・・ あ。 もしかして・・・ヤツらの? 」
「 ふむ ・・・ BGの科学技術陣なら あるいは可能かもしれん。 」
「 じゃ じゃあ・・・ この腕の持ち主は ・・・BGの ・・・サイボーグなんですか! 」
「 それなら・・・ あのクルマは?? BGのサイボーグを狙ったってわけか?? 」
「 ・・・ なんや、こんぐらかってしもうたで? そんならあのクルマの連中はワテらと一緒? 」
「 また ・・・ また ・・・ 闘いが始まる、というの・・・ 」
「 ― いや。 話を元に戻そう。 まずは・・・ この腕 じゃ。 」
博士はカップを口に運び、一口お茶を味わうとゆっくりと言った。
「 これは この腕に BGは絡んではいないと思う。
この腕は ― 真面目すぎるのじゃ。 」
「 真面目 ・・・ 過ぎる? 」
「 ふむ。 この腕は ― 100%腕としての機能しか持っておらん。
つまり 余計な機能 ・・・ 武器などは含まれていないのだよ。 」
「 あ ・・・ な〜る・・・ ヤツらなら 」
「 そうですね。 BGなら必ずこの中に武器を仕込む ・・・ はずです。 」
「 その通りじゃ。 」
「 それじゃ ・・・ これは この腕は ・・・ どこで誰が作ったのでしょう? 」
「 わからん。 皆目わからん。 それにこの腕 ・・・ よほどの者でなければ
義手 とは見破れんじゃろうな。 」
「 ・・・ ふ〜む ・・・ ますます解せませんなあ・・・ 」
「 それに この指輪 ・・・ とても綺麗だけど、こんな宝石、見たことがないわ。 」
フランソワーズはしげしげと義手が填めている指輪を見る。
「 フランソワーズ。 その ・・・ なにか見えるかい。 」
「 だめよ、ジョー。 わたしの < 眼 > では組成分析なんかできないもの。 」
「 あ ・・・ そ そうだよね。 ごめん ・・・ 」
「 ・・・ けど ・・・ 」
「 フランソワーズ。 どうじゃね、 なにかわかるか。 」
「 いえ ・・・ わかりません。 全然解らない。 ― おかしいですわ。 」
「 ??? 」
「 この指輪 ・・・ 内部がまったく <見えない> の。
というよりも、なにか遮蔽する物質が含まれているのかもしれない・・・
博士、 これは ・・・ ただの指輪なのですか? 」
「 ふむ ・・・ フランソワーズ、お前が気が付いた通りじゃよ。
ワシに言えることは この宝石は我々の世界には存在していないモノだ、ということじゃ。 」
「 存在していない? 有り得ない、ということですかね。
・・・ 未発見の宝石 ( いし ) ということか・・・ 」
「 宇宙から とか・・・? 」
「 かもしれん。 」
「 それじゃ ・・・ これは ぼくが持っていますよ。 」
ジョーは 義手から指輪を抜きとり手に取った。
「 フランソワーズ なにかチェーンがあるかな。 なるべく丈夫なのがいいんだけど。 」
「 ああ それならば研究室から持ってこよう。 強度なものの方がいいじゃろう。 」
博士は腰を上げた。
「 ほんなら この腕はワテらが保管しておきまっせ。 <持ち主>が取り戻しに来はるかも・・・な 」
「 大人 グレート・・・ 気をつけてくれよ。 」
「 ジョーはんこそ 気ィつけや。 」
「 左様 左様 ・・・ 腕の持ち主が指輪を追ってくるかもしれんぞ〜〜 」
「 うむ その可能性もある。 」
「 博士 」
「 ま どちらにしてもしばらくは様子見じゃな。 」
「 はい ・・・ 」
「 ジョー ・・・ この鎖を使うといい。 」
「 あ わざわざ ありがとうございます。 ・・・ うん、 これに指輪を通して・・・
こうやってぼくがいつも肌身離さずに持っていますよ。 」
フランソワーズはジョーの後ろに回り、チェーンを留めた。
「 ・・・ ジョー ・・・ 大丈夫? 」
「 大丈夫さ。 いくらなんでもいきなりコレめがけて爆撃は始まらないだろうしね。 」
「 ジョー! そんないやなこと、言わないで! 」
「 ごめん ごめん ・・・ でも まだBG絡み、と決まったワケじゃないし。
ともかく相手の出方を待とう。 」
「 ・・・ 心配だわ。 アルベルトやジェットに連絡しましょうか。 」
「 う〜ん ・・・ まだその必要はないと思うな。 」
「 そやそや! それにワテらが付いてまっせェ〜〜 」
「 マドモアゼル、ちい〜と頼りないかもしれんが。
かく申すこの我輩、若いモンに遅れをとるようなザマは曝しはせんぞ。 」
「 ほらね。 頼もしい味方がいるさ。 」
「 ええ ・・・ それはそうだけど。 でも ・・・ 」
フランソワーズは言い澱み、俯いてしまった。
「 そんな心配そうな顔はやめようよ。 何かあったらすぐに連絡を取る。 」
「 ・・・ そう ね。 今から心配していても仕方ないわね。
何か起きたら ― その時はその時 ね。 」
「 ホッホ〜 さすがやで〜 フランソワーズはん。
あのなア、いざカマクラ、いう時 おなごはんはど〜んと構えてはるもんや。 」
「 ふふふ ・・・ そうね、大人。
さ それじゃ お茶を替えましょう。 みなさん、お腹すいたでしょ?
お帰り前にお夜食をどうぞ。 」
「 アイヤ〜〜〜 おおきに〜♪ 」
「 忝い、マドモアゼル。 」
「 ちょっと待っていてね。 お夜食を用意してきます。 」
「 あ・・・ ぼくも手伝うよ。 」
「 ありがとう ジョー ・・・ 」
ジョーはお茶のワゴンを押し、フランソワーズと一緒にキッチンへ出て行った。
― カチャ ・・・ チン・・・! コトコト ・・・
フランソワーズは黙ってキッチンの中を動き回る。
「 ・・・ フラン。 まだ怒っているのかい。 」
「 ・・・ 怒ってなんか いないわ。 」
「 なら どうしてそっぽばっかり向いているのかな。
ぼくがアパートに引っ越したこと、そんなに気に入らない? 」
「 気に入らない、なんてそんなこと。
・・・ 心配しているの! 一人の部屋に帰って ・・・ なにかあったら・・・
その指輪が原因で ・・・ 」
彼女は ジョーの胸元を見つめた。
・・・ 不思議な宝石 ( いし ) ね ・・・・
なんだか見る度に違う色に光っている ・・・ みたい ・・・
オパール・・・に似ているけれど・・・
「 ふふ ・・・ ほっんとうにきみってヒトは心配性だなあ〜
きみの十八番を借りれば ぼくだって009なんだぜ? 」
「 ・・・ ご ごめんなさい ・・・ 」
「 許さない ・・・ 」
ジョーはつい、と手を伸ばし彼女の頬に当て ― 唇をあわせた。
「 ジョ ・・・ あぁ ・・・・・ 」
シュ −−−−−− ・・・・・・・
しずかにお湯が沸き始める音が聞こえはじめた ・・・
§ かわいい鬼たち
「 ファ〜〜〜 ・・・ ねむ ・・・ 瞼がひっつきそうや〜〜 」
「 ふわ〜〜っとォ〜 欠伸は移るってなあ〜 いや しかし美味かった・・・ 」
「 そやな。 フランソワーズはん、腕をあげはったなあ。 」
グレートと大人はぼわぼわと欠伸をしつつ 店の裏口の前に立っている。
ギルモア邸で遅いお茶タイムを楽しみ、ジョーの車で表通まで送ってもらった。
「 ・・・ えらい騒ぎやったけど ・・・ おんや?? 鍵が・・・ グレートはん!
あんさん、戸締りせえへんかったんか?! 」
「 おいおい? 鍵はお前さんの担当だろ。 出がけに掛けてたじゃないか。 」
「 ・・・ そやったそやった。 けんど ・・・ 開いてるで ・・・ 」
大人がかるく押すと 裏口のドアは難無く開いた。
「 ! ・・・ 気をつけろ。 」
グレートは短く言うと、奥に向かって顎をしゃくった。
「 あいよ。 ・・・ 電気、電気のスイッチ〜〜 ・・・ ワッ!?!? 」
「 な なんだなんだ !? どうした、大人〜〜 」
真っ暗な中で 大人の叫び声が聞こえ ― 直後に ドン! と床が音をたてた。
「 おい?! どうしたんだ〜〜 大人〜〜 」
「 ・・・ッてェ〜〜〜〜 ・・・ ううう なんぞ床に転がっとるで〜 」
「 ゆ 床に? 電気、つけろよ〜 」
― パ ・・・ 。 裏口からすぐの厨房が明るくなった。
「 ひゃあ ・・・ 眩しゅうて なんも見えんがな・・・ う? なんや こりゃ・・・ 」
「 !? お おい! 誰か倒れてるぜ!? 」
「 な なんやて〜〜 」
グレートは床に横たわっている人物に そっと近づいた。
「 ・・・ こりゃ ・・・ まだ子供じゃないか ! 」
「 そやな ・・・ オトコの子ォやで ・・・ 坊( ぼん )やな・・・ 」
二人はしげしげとその少年を観察、 特に危害はナシとみて抱き起こした。
「 ・・・ おい? どうした! しっかりしろ〜 」
「 なんやえろう汚れたるなあ。 道ででもこけたんやろか。 」
「 大きな怪我は ・・・ とりあえずなさそうだぞ。 」
「 さよか〜 えかったなあ〜 ささ こっちゃ連れてきてんか。 ソファに寝せたげな あかん。 」
「 そうだな。 おい? 坊主〜〜大丈夫か? 」
「 う ・・・ う 〜〜 ん ・・・・ 」
グレートがソファに寝かせると 少年は低く唸り声を上げた。
「 う ・・・ こ こは ・・・? 」
「 お。 気がついたらしいな。 おい・・・? 」
「 坊 ・・・ほい、飲み。 ただの水や、安心せェや。 」
大人がグラス一杯の水を差し出した。
「 ・・・あ ・・・〜〜〜 」
少年はあっという間にグラスを空にした。
「 少しは落ち着いたか。 」
「 坊。 なんでヒトのウチに入ってん? 坊、 ドロボー、ちゃうやろ? 」
「 ・・・ あ あの ・・・・ 」
彼はやっと人心地ついたらしく、きょろきょろと辺りを見回している。
「 ・・・ぼ 僕 ・・・・どうして・・・? 」
「 坊主、 お前はな、な〜ぜか俺たちの家の厨房で倒れていたのさ。
鍵、開けて入ったの、お前だろ? 」
「 ・・・ かぎ ・・・? 」
「 そうさ。 裏口にはしっかり鍵がかかっていたはずだ。 」
「 ・・・ わからない ・・・ 姉さん ・・・ の、いえ 姉さんを捜して ・・・・
ずっと歩いていたら ・・・ 腕も脚も痛くなってきて ・・・
ここの中で 姉さんが呼んでる ・・・ 気が したんです ・・・ 」
「 お前 どうやってこの街に来た? その姉さんと一緒だったのかい。 」
「 ・・・ え ・・・ 姉さん ・・・と? ・・・ 多分 ・・・ 」
「 そいで坊、 名前はなんて言うのんや。 」
「 僕 ・・・ ― ジャック。 」
少年は やっと顔をあげ、起き上がり助けてくれた大人達をしっかりと見た。
「 ・・・ ?! 」
見られたオトナ達の方が驚愕した。
「 お? ・・・ おい なんか ・・・ 似てる、よなあ? 」
「 ・・・ アイヤ〜〜〜 ほんまや。 なんとのう似てはるなあ〜 」
グレートと大人は しげしげとその少年を見つめた。
そう ・・・ 少年はセピアの柔らかい髪に碧い瞳 ― ジョーにどことなく似ていた。
「 ジャック君 ― か。 それで? 苗字はなんだ。 」
「 ・・・ ジャック ・・・ そう 呼ばれていました。 」
「 苗字ナシ、か? どうも日本人じゃなさそうな外見だが。 どこから来た? 」
「 どこ ・・・ から ・・・ って ・・・ あ ・・・?
ねえ さん と ・・・ 姉さんと歩いてて ら〜めん、食べようって ・・・ 」
「 らーめん? ワテらの店、知ったあるのか? 」
「 みせ・・・? わ から ない ・・・ なにも ・・・ なにも・・・・! う ううう ・・・ 」
少年はアタマを抱え、ソファに倒れこんでしまった。
「 ふう・・・ 大人。 遅くなりついでだ。 博士に連絡しよう。 」
「 そやな。 まだ起きてはるとええが・・・ 」
「 いっそ連れて行ったほうがいいかも、 な。 クルマ、出すぜ。 」
「 アイアイ。 ほな、ワテが連絡しときまひょ。 」
「 ああ 頼むぜ。 ・・・ 運転は久し振りなんだがなあ〜 」
「 それよかブリテンはん? 安全運転でたのんまっせ。 」
「 ・・・ 各個人は最大限の努力をすることを希望する。 」
「 ごちゃごちゃ言わんと はよ! 」
「 アイアイサー〜 ・・・ っと、この坊主を連れてゆかなくちゃな。 」
グレートは肩をすくめ、少年を毛布でくるみ抱き上げた。
二人はつい先ほど辿った道を折り返すこととなった。
「 博士 ・・・ あの坊主は ・・・ 」
グレートの声と一緒に 皆がギルモア博士を見つめた。
ジョーも もう一度研究まで駆けつけた。
「 ふむ ・・・ とりあえず、どこにも目立った外傷も内出血の痕はない。
命に別状はない、というところじゃな。 ただ ・・・ 」
「 ただ? もしかして サイボーグ・・・? 」
「 それはちがうわ。 彼は100%生身の人間よ。 」
フランソワーズが明快に否定した。 彼女はとっくに少年の身体のスキャンをしていた。
「 うむ。 彼はごく普通の11〜12歳程度の少年じゃ。 ちょいと擦り傷やら打撲があるがな。
ただ ・・・ ひどく疲れているな。 疲労困憊、というところじゃ。 」
「 まあ よかったわ。 ねえ ジョー、ウチに置いてあるあなたのパジャマ、借りてもいい? 」
「 いいけど ・・・・ どうするんだい。 」
「 このコに貸してあげるの。 ああ 可哀想に・・・顔がこんなに汚れて・・・・ 」
フランソワーズは タオルでそっと彼の顔を拭っている。
「 博士。 この少年はやはりクルマの事故やあの腕と関係があるのでしょうか。 」
「 わからん。 ただなあ このコは酷く消耗しておる。
グレートたちが聞いたところによると 姉とおぼしきヒトと街を歩いていた、と言ったそうだが
ただの街歩きでここまで消耗するとは思えんのだ。 」
「 ・・・ じゃ ・・・ やはり? 」
「 ともかく今晩はゆっくり休ませてやろう。 それが一番じゃよ。 」
「 そうね。 あとはわたしに任せてくださいな。 」
「 うむ ・・・ 頼むぞ、フランソワーズ。 」
全員、少年の部屋から出ていった。
「 そうですね、 時間も時間ですし。 フランソワーズ、彼のこと、宜しく。 」
「 ええ 任せて。 ジョー ・・・ 皆さんも今晩はここに泊まったらいかが? 」
「 そうだなあ ・・・ また引き返すのもちと・・・ 」
「 そうアル! あんさんの運転はもうたくさんや。 命がいくつあっても足らんわな。 」
「 ふん! 二度と乗っけてやらんからな! 」
「 ふふふ ・・・ みなさん ご自分のお部屋へどうぞ? 毛布が足りなかったら言ってね? 」
「 忝い〜〜 マドモアゼル・・・ 」
「 ジョー、あなたも ・・・ 」
「 いや ぼくは帰る。 ・・ちょっと気になることがあるし。 」
「 気になる こと? 」
「 ああ うん ・・・ただの思い過しだと思う。 フラン、あの坊やのこと、頼んだよ。
無理のない範囲でいろいろ聞いてみてほしい。 」
「 ・・・ ジョー ・・・ わかったわ。 ジョーもお仕事、がんばってね。 」
「 ありがとう。 明日も帰りに寄るから。 」
「 ええ。 ね? 晩御飯、食べてゆかない? ジョーの好きなビーフ・シチュウ作るわ? 」
「 ひょう〜♪ 嬉しいな、それじゃ御馳走になるかな〜
あっと ・・・ もうこんな時間か ・・・ じゃ 今度こそ < お休みなさい > だね。 」
ジョーは静かに立ち上がると 玄関に向かった。
「 ・・・ あ ジョー ・・・ 」
「 送らなくていいよ。 冷えるし・・・戸締りはぼくがしておく。 早く休めよ。 」
「 え ええ ・・・ おやすみなさい ・・・ 」
ジョーはちょっと手をあげ 笑顔を残し出ていった。
ジョー ・・・ もう一度お休みなさいのキス したかったのに・・・
フランソワーズはしばらく彼が出ていったドアを見つめていた。
翌朝は 冬の朝らしくからりと晴れ上がり真っ青な空が広がった。
「 ふう〜〜〜 いい気持ち♪ さ〜〜あ お洗濯、するわよ〜〜 」
フランソワーズはテラスで深呼吸をひとつ。
「 よし・・・! じゃあ まず、あの坊やの様子を見てこなくちゃ ね。 」
きりり、と白いエプロンの紐を締め 彼女は少年の病室にしている部屋へ行った。
トン トン トン ・・・
「 おはよう ? もう起きているかしら・・・ 」
フランソワーズはトレイを持ち、そっとドアを開けた。
「 具合は どう? ・・・ あら。 」
ベッドの上に少年は半身を起こしていた。
「 ・・・ あ あの ・・・ お はよ うござ いま す ・・・ 」
彼はゆっくりとフランソワーズの方に顔を向けた。
「 まあ 元気になったのね よかったわ。 ・・・ ! 」
フランソワーズが息を呑む。 少年の笑顔に ― 息を呑んだ。
お お兄ちゃん・・・?
そう、少年の瞳は空の色、 フランソワーズの兄とよく似た色をしていた。
「 あ あの ・・・? 」
「 ・・・ あ ご ごめんなさい ・・・ 気分はいかが? え〜と ・・・? 」
「 ジャック っていいます。 すいません、それしか・・・思い出せなくて・・・ 」
「 い いいのよ 気にしないで。 わたしはフランソワーズ・アルヌール。
どこか痛むところ、 ある? 」
「 いえ ・・・ 特には ・・・ 」
「 そう? よかった・・・ あ 打撲傷いくつかあるからしばらくちょっとは痛いかも・・・
ねえ。 朝御飯、持ってきたのだけれど、 食べられる? 無理には進めないけれど ・・・ 」
フランソワーズは殊更明るく言って トレイの上のものを少年に見せた。
「 あ あの ・・・ いただいてもいいのですか。 」
「 もちろんよ。 お腹 空いてる のね? 」
「 あ ・・・ は はい・・・ 」
少年、 いや ジャックは真っ赤になって俯いてしまった。
「 あらら ・・・ いいのよ、いいの。 どうぞ召し上がれ? 食べて早く元気になってちょうだい。
お腹がいっぱいになれば だんだん思い出すわ、きっと。 」
「 ・・・ すみません ・・・ 」
「 ほらほら そんな顔しないで。 さあ どうぞ。 」
フランソワーズはベッドにトレイ用の台座をセットし、食べやすいようにした。
「 あ ありがとうございます。 ・・・ これ ・・・ と トマト ? 」
「 ええ そうよ。 ウチの裏庭の温室のものなの。 ついさっき摘んできたばかり。
美味しいわよ〜 ・・・ あら? 」
「 ・・・ こ これが と トマト ・・・ 」
少年は皿を目の高さまで持ち上げて しげしげと輪切りのトマトを見つめている。
「 あの ・・・ トマト、嫌いだった? それなら 」
「 え? い いえ・・・ 好き ・・・だと思います。 いえ 大好きになります! 」
「 ??? 」
「 ホントにこれ ・・・ 僕、一人で食べてもいいのですか ・・? 」
「 ・・・ええ どうぞ。 あ 足りなければもっと持ってくるけど ・・・ 」
「 いえ これで十分・・・いや 十分すぎます ・・・ いただきます。 」
彼は軽く会釈をすると トマトの切れ端をガラス細工でも持ち上げるみたいに
そう・・・・っと フォークに乗せた。
そして はじっこをほんのちょっと齧り、ゆっくりと咀嚼している。
「 ・・・ これが トマト ・・・ ホンモノの生の野菜の トマト ・・・ 」
「 ごく普通のトマトよ? 最近の果物みたいに甘いトマトじゃないけど ・・・ 」
「 ・・・ 十分に甘いです ・・・ ああ 太陽と大地の味 だ ・・・
ああ ねえさんにも食べさせてあげたい ・・・ 」
「 あの・・・ そんなに気に入った? それなら あとで一緒に収穫にゆきましょう。 」
「 ・・・ おいしい・・・ ホンモノの食べ物って こんな味なんだ・・・! 」
ジャックは フランソワーズの言葉などまるで耳に入らないのだろう。
トマトから始まって パンやらスクランブル・エッグ そして ミルク ・・・
ひとつひとつに感歎の声をあげ、ついには涙まで流し 口にしている。
・・・ どうしたのかしら ・・・
ひどい飢餓の地域から来たの?
でも それにしては普通の体格よね ごく普通の少年だわ
しばし彼の様子を見守っていたが 彼女はそっと尋ねた。
「 あの ・・・ もっと食べる? 」
「 ・・・ え? あ ・・・ い いえ ・・・ これで 十分です。
ありがとうございました ・・・ 本当に 本当に ・・・ 」
少年は すっかり空になった食器を前に深々とアタマを垂れた。
「 いえ ・・・ そんなに感謝してくれなくていいのよ ごく普通の朝食です。 」
「 ごく普通の ・・・ ? そうですか ・・・ ああ そう か・・・ 」
「 ね? 少し休んだら ・・・ 傷の手当をしてくれるヒトを連れてくるわ。
傷っていっても擦り傷と打撲くらいだけど。 」
「 ・・・ すみません ・・・ 」
「 また 謝る〜〜 怪我人は大人しくしていらっしゃい ね? 」
「 ― はい あの ・・・ 」
「 なあに。 」
「 お世話になっている身で不躾ですが ・・・ あのここはどういう場所なんですか?
それに アナタ、 いえ アナタ方は ・・・? 」
「 ここはね ― そうね、一種の科学研究施設なの。
昨夜あなたを診たヒトの邸でもあるわ。 彼はねわたし達の後見人なの。 」
「 ・・・ はあ ・・・ 」
「 わたし達は・・・ある事情で知り合った仲間たち、かしら。 」
「 なかま ・・・ 」
「 ええ。 じゃあ博士を呼んでくるわね。 ちょっと待ってて・・・
ああ そうそう・・・御手洗は廊下を出て左の突き当たりよ。 」
「 ありがとうございます。 ふ ふらんそわーず さん 」
「 フランソワーズ でいいわ。 ジャック。 」
「 ― は はい 」
「 じゃあね。 ふふふ 後で温室に案内するわ。 トマトやキュウリが生っているし・・・
そうそう苺もあるの、美味しいわよ♪ 」
「 はい! ― あの ・・・ 」
「 はい? 」
「 ひ ひとつ お願いが ・・・ 」
「 なあに。 」
「 もう一回 ・・・一回だけでいいんです ジャック って呼んでください。 」
「 ・・・ え ・・・? 」
空よりも青い瞳が じっと彼女を見上げている。
このコは いったい ・・・?
ああ この瞳 ・・・! お兄さんと似てる ・・・
ああ この笑顔は ジョー! ジョーに似てる・・・!
フランソワーズは ほんの一瞬目を閉じそしてゆっくりと彼を見つめた。
「 いいわ。 それじゃ ― ちょっと待っていてね ジャック 」
「 ・・・ ・・・・・・ ! あ ありがとう ございます ・・・ 」
ぽんぽん、と彼の背を軽くたたきフランソワーズは部屋を出ていった。
なんだか ・・・とっても懐かしい気持ち ・・・
お兄さんと同じ瞳だから ・・・?
笑顔がジョーと同じだから・・・?
・・・ ううん ちがう わ
わたし ・・・ 彼の ジャックの温かさを知っている ・・・
― そんな気がするの ・・・
― カチ ・・・
ジョーは車のキーを抜き、ちいさく息を吸った。
「 ・・・ さあて。 行くかな。 お待ちかねのようだから ・・・ 」
彼は静かにドアを開けると ゆっくりとクルマを降りた。
ギルモア邸からようやっと戻ってきたのは すでに日付は変わっている時刻だった。
グレート達を店まで送り、途中で通信を受けとって返し ―
ともかく今のところはひと段落、と思っていた。
・・・ ん ?
マンションの地下ガレージにクルマを入れて ― 気が付いた。
― 誰か いる
はじめは同じマンションの住人かと思ったが 深夜もかなり遅い。
それに ・・・ その人物は彼のクルマが入ってゆくと す・・・っと陰に潜んだ。
「 おやおや。 さっそくおいでなすった、ということか。 」
ジョーは愛車を定位置に停めつつ スーパーガンのありかを確認した。
そして ―
「 ふぁ 〜〜 ・・・ 遅くなってしまったな・・・ 」
独り言をいいつつ、ジョーはエレベーターに向かった。 と ―
ひた。 彼の背後で微かな足音が聞こえた。 彼が振り向くと ・・・
「 声をたてないで。 」
「 ・・・・・! 」
ガレージの薄暗い灯をバックに ほっそりとした女性が一人、立っていた。
彼女の手には銃とおぼしきモノが鈍く光る。
「 アナタ、 <腕> を持っているでしょう? 」
「 ・・・ 腕 だって? 」
「 そうよ。 あの腕を ・・・ 拾って持っているわね。 返して。 」
「 ・・・ なに言ってんですか? 誰です、アナタは!? 」
「 そんなこと、どうでもいいわ。 腕を・・・腕を返しなさい、早く! 」
・・・ ぐらり。 彼女の身体が揺れた。
「 ? 君 ・・・ 大丈夫ですか? 」
「 よ よけいなコト、言ってないで う ・・・腕を ・・・ か かえし ・・・て ああ・・・ 」
「 ― あぶない ! 」
女性は大きくふらつき ・・・ 床に崩れ落ちた。
「 ・・・ 君? しっかりして・・・・ ああ 腕が ・・・!」
ジョーが抱き起こした女性、 銃を持つ手と反対側のコートの袖はだらり、と床に垂れていた。
Last updated
: 02,07,2012. index / next
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・・・続きます。 例のあのオハナシですから ・・・ 原作設定、かな・・・?
ちょいと視点を変えてみました。
あのお話、本当に好きです ・・・ 旧ゼロのアニメ版も好き♪